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おりりんな日々

読書/Kindle/クラシック/ジブン手帳mini

奥平康弘・木村草太 『未完の憲法』

おはようございます。
昨日、『未完の憲法』を読了したので簡単に感想めいたものをまとめておきます。

未完の憲法

未完の憲法



まず、憲法解釈は曲の「演奏」に似ていると述べられています。ぼくはクラシックが好きなので、この比喩は気に入りました。まず、曲をよく知り、高い演奏技術を身につけた上で、伝えたい、表現したい何事かを持っていてこそ「名演奏」が生まれるとしています。
この喩えは木村さんによるものですが、それはすぐさま奥平さんの「憲法は常に『未完』のプロジェクト」であるということと響き合います。
つまり、ある曲の名演奏とは、常に新しく生み出されるものであって、絶対かつ普遍的な演奏がないのと同じように、憲法の実現ということも、常に刷新されていくということです。
ここで私見を加えるならば、名演奏が生まれるための条件をもう一つ加えてみようと思います。それは、「よき聴衆」が要るということです。名演奏は、一人演奏家だけで生み出されるものではなくて、それを熱望する聴衆があってこそ生み出されるものです。それと同じように、憲法が解釈され、実現されていく過程にも「聴衆」の熱い期待が必要なのだと思うのです。
また、本書では民主主義と両立する立憲主義ということが述べられます。憲法の制定や改正は、国民自身によって行われるべきであって、その時々の権力者の恣意によって行われるものではないことが強調されます。
これについては、自民党改憲草案や、9条・96条などを「改正」しようという動きを睨んでさらに述べられています。
木村さんは、自民党の一人一人が「不明」であることも手伝って、何を目指した改憲なのかがわからないとし、奥平さんは改憲は「革命」に相当する、国民はそれは望んでいないし、それゆえ危ういとされています。
さらに、憲法を実現して行くためには、将来にわたった想像力が必要だとしていますが、元々人間の想像力とは、あのベルリンの壁の崩壊を誰も予期できていなかった程度に貧弱なものであり、だからこそ高い理念を掲げ、その実現を目指す不断の努力が必要なのだと考えます。
☆3.8。オススメです。Kindle版にて。
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