おりりんな日々

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音楽を語り得ぬということ

こんばんは。
今日はなかのZEROホールで行われたエルムの鐘交響楽団・第32回演奏会に出かけてきました。

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■指揮:中橋健太郎左右衛門
■演目:
・マデトヤ  交響詩「クレッルヴォ」
シベリウス  抒情的なワルツ(アンコール)

見事なモルダウシベリウスでした。特に、弦が素晴らしかった。一方、主人公の悲劇的な生涯を描いたマデトヤは、初体験の作曲家ということもあって、何を語るべきなのかがよくわかりません。
ブログを書いてきて思うのですが、「経験」というものは、書いたとおりにしか記憶に留まらないような気がしています。つまりは、「感動した!」としか書けなければ、その「感動した!」という風にしか記憶として残らないのです。
ですので、もっと微に入り細に入り、その時の体験を「リアル」に残したいのであれば、そのように書かなければならないと思うのです。
しかしながら、悲しいことにぼくはまだ「よかった」「感動した」という程度でしか体験を語り得ない。何とももどかしいのですが、これは今後の課題ということになるのだと思っています。



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